一区切り、そしてまた変化する日々

昨夜成田に到着!ガーナで暮らして4ヶ月と2週間過ぎたところで日本へ帰国することになった。クラブと夫との約束の期間が満了したこと、ガーナプレミアリーグで3つのクラブを経験し、もう存分にやったと思えるから、待ってもらっていた別の仕事のオファーを受けることにして、ガーナは一区切り。でも、帰国予定の2日前までクラブがチケットを買ってくれないし、未払い分の給料は空港で手渡し。全てが最後までどうなるかわからなかった。That’s Ghana! いつものことだけど(笑) 時間がなくてお世話になった方々に挨拶しきれなかったのがすごく心残り。7月のあわや帰国、からの約1ヶ月半は、明るい楽しい、だけじゃないガーナを感じられた貴重な期間だった。

8/10以降ブログも書けてなかったので振り返ってみると、持病のヘルニアが再発したのがきつかった。ギックリ腰状態で立てなくなりパンツはくのも一苦労(自分でやりきった!) ジョグ、ヨガ、コアトレ、がんばってたのになんで?!って泣きそうだった。多分やりすぎと、ホテルの古いふにゃふにゃマットレスのせい。夫は日本から持ってきた愛用の「エアウィーブ」(高品質マットレス)を敷いて寝てたから大丈夫だったんだろう。このふにゃふにゃマットレス、最初は硬く思えても気づいたら身体(特に腰回り)が沈んでいくという要注意な低品質。痛みがきたのが夫のCAF(アフリカコンフェデレーションカップ)のホームでの試合直前。夫のサポートどころか介抱されているという情けない状況だった。試合も見に行けずひとり部屋で現地語のラジオを聞いて、結果に悔し涙をこらえた。その前のDRコンゴとの試合も負けていたので、ホームでクオリファイできないことが決定し残念な結果となった。勝利の女神が腰痛で応援できなかったせいだと責任も感じて辛かった。

そして夫が最後の試合でモロッコへ遠征した頃、ガーナ社会のダークな部分を感じ始めていた。最初は愛想よかったクラブのマネージメントが、7月分の給料未払いを催促したら逆ギレしたっていうのだ。(その後他の人から年配者の言うことは間違ってても正しいし、お金の催促はするなって言われたらしい、愕然。でも多くの場面で給料は遅れる) それだけでなくスターティングラインナップへの口出しなどの現場介入、メディアを使った印象操作も。自分は裏切りません!って言ってたアシスタントコーチさえ、負けたのは夫のせいだとラジオでしゃべった。ケガやマラリアの選手はマネージメントがペインキラー(痛み止め)を飲ませたり注射して強引に試合に出場させた。遠征に持ち込んだガーナ食が悪くなっていて選手が試合前に食あたりになった。ホームでの負け試合でうちの選手が、サッカークジの関係で裏金をもらってわざと負け試合をした、とかいう噂まで立った。とことんすさまじかった。きっとビジネスシーンではこんなことないけど、サッカー界では今もあたりまえのようにある現実。

自分の身近でも…。こっちで出会って仲良くなった女子高生と電話番号交換したら、数回の雑談トークの後「シスター、お金がないの」って言ってきた。ガーナ女子代表チームに選抜されたっていうので純粋に友だちとして応援していただけに、裏切られた気がして悲しかった。

日々起こる理解を超える事柄。わかりやすいうそ、お金の無心、給料未払い・不払い、絶対の年功序列、保身のための裏切り、医療についての理解不足、はガーナ社会では当たり前、自分の力でどうしようもない。私も身をもって体験するまでは、なんとかできるんじゃないかって思ってたけど、そうではなかった。ここで長くやっていくなら環境に順応するだろう。でもそれは自分の価値観や道徳観を変えることになるからしたくない。そうすると衝突もするし、警戒するんだろう。ガーナ人ひどいって思って心が疲れたこともあったけど、人は悪くない、生きていくために必要な術。そのことを理解できたら、ガーナ人の良さ、フレンドリーさ、日常にあふれるやさしさもきちんと感じられるようになった。

今回何よりの収穫は、夫の仕事の様子を間近で見れて、ガーナでの成功は過酷な環境で全力でやってきて手に入れたものなんだとわかったこと。これまでは自分の態度が問題じゃないの?っていう疑問もあった給料未払いやマネージメントとの衝突も、今では、ガーナなら仕方ないって100%理解できる。選手が一番わかってるようで、出発間際に数人挨拶に来てくれたし、連絡もずっと途切れない。同じ想いのコーチたちとは、かたい信頼関係が続いている。すごいことだと思う。

私自身はというと目標だった英語力向上は達成できず…。夫の仕事の状況が予測不可能で学校には行けずじまい、ドーマの田舎町に引っ越してからは英語を話せない人が多かったので、現地語でコミュニケーションしてたから。現地語の威力はものすごくて、めちゃくちゃ喜んでくれて仲良くなれた。

あといろいろ準備不足だったって感じてる。何もすることがない田舎町では特に、やりがいのある仕事や環境を選ばない趣味は必要だと感じた。ガーナ人と結婚してる人以外現地採用はほぼ不可能なので、日本でリモートワークをみつけて継続的な収入が入るようにしたい。ヨガもできるようになり、本もいっぱい準備しておこう。海があればもちろんサーフィン!ガーナの混雑ナシでいい波に乗れる海、絶対恋しくなるだろうな。腰も鍛えておかなくては!

 

写真で振り返るガーナの日々。

 

私の好きなガーナローカルフード第5位、ティラピア(白身魚)と蒸し野菜。これで20セディ(469円)。野菜をしっかり食べたい、でも生野菜はゲリPになる、って頃に蒸し野菜はヘルシーでたくさん食べられて助かった。
私の好きなガーナローカルフード第4位はパラボソース!野菜が多くて白ごはんにぴったり!白いかたまりはヤム(山芋)なので食べすぎ注意。
私の好きなガーナローカルフード第3位はTZ!ネバネバとフフのトロトロが絶妙!
私の好きなガーナローカルフード第2位はパイナップル、じゃなくてやっぱりマンゴー!ほぼ毎日食べてた。その場でスライスしてくれて1個2セディ(46円)って最高!
私の好きなガーナローカルフード堂々第1位は「グラノッツ」ってよばれてる皮付きピーナッツ(50ペセワ、11円)。ガーナで一体何袋食べただろう? いつも小腹がすくと食べてた。日本のとは違う香ばしい味、きっと恋しくなるだろうな。
私の好きなガーナローカルフード ~ドリンク編~第1位はローカルビールスターを抑え、ソボロ(ハイビスカスジュース)! 一度フルセット揃えて手作りしてみた。甘さが調節できて美味しかったな~。重量オーバーで花びらを泣く泣く置いてきた。切ない。
好きだった夕暮れの散歩道。あれはヤギ?いやいや羊やろ?とか言いながらのんびり歩いてたなぁ。
夕方になると、町中でローカルフードのフフをつく音がする。
私もちょっとつかせてもらった。臼が小さくてねらいを定めずらい。なんともへっぴりだった。
アクラ日本語補修授業校のみなさんから頂いた色紙。短い期間だったのに心のこもった見送りをして頂いて感激だった。
灯台を見てからゆっくり見てまわりたいと思っていた歴史ある港町、ジェームスタウン。そこで感じたのは貧困のすさまじさとやるせなさ。負の遺産が現在に続いている気がしていろいろ考えてしまった。
このときは練習中の夫の写真を撮る必要があり、練習を密着撮影した。夫の気迫、選手の懸命さが伝わってきた。
スタジアムで一緒に遊んでた近所の子どもたち。まっすぐの髪の毛や白い肌がめずらしいのか、さわりまくられてた。人懐っこい子たち、かわいかった。
動物と共存してるドーマの町。ピッチにもよく遊びに来てたご家族。のどかさはガーナの魅力。

 

これからの拠点は夫の仕事の関係で京都!海外生活が長いため外見日本人中身外国人、日本での社会人経験ゼロである変人の夫が日本で働くことになるなんて、人生何があるかわからない。やっぱり変化こそ人生、いつでもどこでも日々を楽しめる自分でいたいと思う。

 

近い将来、より良い形でまた来れますように!

 

 

「一区切り、そしてまた変化する日々」への2件のフィードバック

    1. 藤平さま
      メッセージありがとうございます。本当に楽しいことから辛いことまでいろいろありました。でもかけがえのない経験です。いつもあたたかく見守って頂きありがとうございます。日本でお会いできますように!

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