ガーナへの移住 思い立ったきっかけ 2

通訳を目指すために、意志の弱い私は独学は無理なので通訳学校に通うことにした。三重県内には当然なかったので、名古屋の「インタースクール名古屋校」に決めた。名古屋駅から徒歩圏内、宿題が多くて厳しいっていう口コミが決めてだった。サンプルレッスン、レベルチェックテストを受けて4~9月コースのスタートにぎりぎり間に合った。テストの結果は一番レベルの低い通訳基礎クラスⅠ。それから毎週土曜日に通学することになった。担当の仕事のとき以外は休まず、たいてい仕事後にカフェに行って勉強したり、土曜早朝名古屋入りして宿題をこなす、という日々。リスニングとグラマーのうち、グラマーの先生がかなりきつい女史で、いつも恐ろしいくらい緊張感が漂ってたけど、2人のクラスメイトのおかげでそれも笑いのネタに。放課後の飲み会や課外活動もあってすごく励みになった。

結構がんばったし、実力もついた気がしたから10月からは上のクラスに進級できると思ってたけど、結果は進級不可。かなりへこんだ。基礎クラスⅠ→Ⅱ→Ⅲ→会議通訳と進んで、3年後くらいには通訳として仕事を始める目標だったから。このペースでは遅くなりそう、どうすれば最短距離だろうって考えた。で、取得したものの市役所で働きだしたために活用していなかった通訳案内士の資格を活かして、外国人のツアーガイドをしながら勉強しようと決めた。

そのとき日本にいた夫と、ガイドの需要がより多く、空港へのアクセスのいい関東へ引っ越そう!せっかくならサーフィンもできるし鎌倉がいい!と鎌倉移住計画が着々と進んだ。ネットでアパートや町のことを調べ、下見にも行った。結局鎌倉より住みやすい湘南に変更になったけど。ほぼ方向性が決まったところで9月も終わりに近づいてきた。3月末で退職するとなると市役所では半年前に退職の意志を上司に伝えなくてはいけないことになっている。しかし、ものすごく心苦しくて言い出しづらい。キャリア枠として中途採用、いろんな勉強の機会をもらい、事業化されたインバウンドプロモーションの担当をやらせてもらったというのに、辞めるっていうことがドアを開けて、開けっ放しで去るみたいで。

意を決して直属の上司へ9月最終日に伝えた。同僚、さらに上の上司、職員課、課内の人たちにまで伝わったのは忘年会の頃。いろんな方に引き留めて頂いたが、意外にも両親はそうではなかった。市役所への就職が決まった時、結婚が決まった時より喜んでいたから大反対かと思ったのに。通訳学校に通い始めたから、いつか辞めるって言いだすと思っていたけど予想より早かったと。さすが親…見抜かれていた。

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