ガーナへの移住 思い立ったきっかけ 1

記憶力には自信がない。のんで記憶をなくすのは得意技だし、日常のできごともすぐに忘れてしまう。だからやらかしちゃったエピソードも、盛り上がったサーフトリップのことも、その時一緒にいた友達がいつも語り部になってくれる。夫と初めて出会った日、親友が私のことを他己紹介してくれたときも、そんなことあったっけ?よく覚えてるなぁって言ってた気がする。それもうろ覚えだけど。

アフリカのガーナでの移住生活が始まってあっという間に2週間以上が過ぎた。我ながら変化の多い人生だったと思うけど、今回のことは記憶のかわりに記録に残しておかなくては、と思う。安定感抜群で担当のインバウンドの仕事にやりがいもあった公務員の職、大好きだったVOLVO V70、職場にも駅にも徒歩で行けた便利なアパート、すべて手放し、高齢の両親も弟夫婦に託して、無謀な生活を始めることを決めたから。

そもそも、なぜガーナで暮らすことになったか、それもきちんと整理しておかなくては。2016年のクリスマスイブ、身体動かそうよと公園で夫とサッカーの1対1をしていて、むきになった私は左膝の前十字靭帯を断裂してしまった。ドクターに「ひっそりした人生を送るなら手術しなくてもいいけど、どうする?」と言われて、迷わず手術を選んだ。サーフィン、フラメンコ、好きなことは激しく動くことばかりだし、ひっそりした人生なんて到底無理。

評判の名医とのことで、手術は翌年の3月10日まで待たされた。人生初の手術。2週間の入院。今まで大きな怪我もなかったけど、もう無理無茶はできない、人生何がおこるかわからないんだ―。おばあちゃんたちが苦しそうにうめく、眠れない病室で思いが巡る。やり残したことなかったっけ? 何かやってみたいことなかったっけ?人生のプチ回想をしてると、小学生のときの文集に書いた将来の夢「世界で活躍する通訳士!」にひっかかる自分を発見。今までも無職のタイミングで英語を勉強してきたけど、ずっと中途半端。市役所では、英語できるから、って海外出張や翻訳を担当させてもらってたことも、過剰評価にすごく申し訳なくて情けなく感じてた。でも仕事と勉強の両立もできてない。なら、勉強はじめて通訳を目指してみよう!そう決めてまずは通訳学校を探し始めた。

 

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